ウイスキーの誘惑

去年の年末から、冷たいものが凍みるようになっていた左下の歯、そろそろ治療をしなければいけないと思い、歯科医院に電話をしてみると、「今週は予約の空きがありません」と予約係の女性が言う。「冷たいものが凍みるんだ」とひと押ししてみると、「今から40分あとなら空きがある」と言うので、あわてて出かけました。担当医師は休暇で、初対面の歯科医でした。両側の歯から金歯をかぶせているブリッジの下、欠けている歯が痛んでいるらしい。「かぶせている金歯を外して治療しなくてはなりません。外した金歯はもう使えません」という医師に私は「金歯に○○万円ほど支払った記憶があります」と言うと、資料を見ながらもう少し高額、「○○万円でした。外した金歯は業者に売ることもできます」と勧めます。勧めを断って「金歯は寄付しますワ」と答えました。ブリッジを外し、神経を抜いてしまいましたので、凍みや痛みはなくなりました。次の治療まで1週間以上間が空きます。医師は「痛み止め」を出しました。治療部分の「痛み止め」と勘違いしていました。考えれば神経を取ってしまったので、治療部分が痛むわけがありません。3日後の就寝前から頭痛が始まりました。「これか !」合点がゆきました。治療途中の歯から入った、口腔内の雑菌が頭の左後ろ部分で、増殖しているようです。ズキン、ズキンと痛みます。とても眠れないので、「痛み止め」を1錠飲みました。効きました。しばらくして、痛みは消え、眠りに就きました。翌日、やはり頭痛が出てきました。歯を磨き、口腔内を清潔にして出勤しました。しかし、昼前から、また頭痛がはじまりました。仕事になりません。さて、どうしたものかと思案。頭痛のたびに痛み止め剤を飲んでも、一時のゴマカシ、そうだ治療途中歯の消毒を思いつきました。退社、帰宅してウイスキーを探します。癌が再発してから、アルコール飲料は一切口にしていません。ありました。ウイスキー・メーカーS社に勤めておられた先輩からもらった「10年熟成白州」。加えて先般の食事会に親戚の子が持ち込んだウォッカ2本。「白州」を口に含んで、患部に滲みるようにグチュグチュ。それを呑み込まずに、ペーッと洗面台にはき出します。いい香り。忘れていたウイスキーの刺激が、口内いっぱいに広がります。ゴクリと呑み込みたくなるところを、ペーッ。実にもったいないけれど仕方ない。飲酒はドクター・ストップです。ウオッカもいい刺激です。しかしペーッ。数回繰り返して、徐々に頭痛は消えてゆきました。しかし、「ペーッ」を「ゴクリ」と呑み込む誘惑に襲われます。去年の夏、大手術のあとのリハビリ中、テレビに流れるビールのCMを見ていて、あまりにも旨そうで「飲んでみてやろうか」との強い誘惑に駆られました。が、それをなんとか乗り越えたので、今回も誘惑に大苦闘しています「ペーッ」「ペーッ」。

次の日曜日618日は父の日なんだそうです。思い出しますのは、私の3人の子供たち、幼稚園に通っていた時、父の日にはそれぞれの子供と一緒に、父親も参加する催しがありました。参加をうながす家内に「オレは出ない。両親が離婚した家庭もあるだろう。片親の子はどうなる ? 」と言いますと「・・・・」答えに窮して「父親が行かないと、ウチも母子家庭だと思われます」と言う。「イイではないか。せめて片親の家庭の子への応援だヨ。幼稚園へ行っても良いが、行くなら『父親参加の日』を設けたことを園長に抗議したい」と言いますと「やめてください。だからアナタは変わりモンだと言われるのです」と言う。自分が変わりモンなのは否定しないけれど、片親の子の感情を無視したこの催しは、どうしても納得がゆきませんでした。3人の子供とも、幼稚園から小学校まで、私は父親参観なんて出たことがありません。これは能天気な大人の行動に、子供が深く傷ついている一例です。今は、多少片親の子への配慮ができて、父親参加はなくなったように聞きます。

今、世の中は少子化対策に大車輪。父親も休暇を取って、子育てに専念すべきだとの風が吹いています。万葉時代を思い出すのです。「居明かして君を待たむ ぬばたまの わが黒髪に霜はふるとも」。これは夜に恋人が通ってくるのを待ちわびている女性の詩です。万葉時代、諸説あるものの、一説では、家庭とは、若い女と老婆もしくは子供が基本で、男は家庭に属していなかったといいます。ですから、ぬばたまの闇に紛れて、夜ごといろんな家庭を訪れ、今夜はこの女、明日はあの女と密会を楽しむのが常だったのかも知れません。これ、男にとってちょっとイイ制度だと思いませんか。もちろん、男に子育てなんて扶養の義務はなし。扶養は女の仕事。ですから、経済的に成立さえすれば、母子家庭が一般的だった時代は、そんなに不自然ではないように思います。女性が働く時代、夫が子育てをする時代、今の時代の風潮が、極端に向かっているような気もします。こんな風に考える私は、やはり変りモンなんでしようかネ。昨日、深夜に眼が醒めると、アオバズクの鳴き声が聞こえました。「ホーッ、ホーッ」。自宅の裏には森があつて、今年もアオバズクが゛渡ってきたようです。東南アジアやインドから遠路やってくるとのことです。「ぬばたま」の闇に響く声を聴いていると、男の訪れを待ちわびる、万葉時代の女性の心境がわかるような気がします。「黒髪に霜はふるとも」とは、待ち疲れて「黒髪に冷たい夜の霜が降り積もるまで待っている」のと「黒髪が白髪になるまで待たせるの ? 」と掛けた意味があるそうです。