祖父の命日

いつも朝起きると、お仏壇に水を供え、ローソクに点火し線香を炊きます。その前に過去帳、今日の日のページを開きます。今日は2月24日、母方の祖父の命日でした。亡くなったのは昭和35年(西暦1960年)、私が高校1年生の時です。丁度、中間テストでしたか学期末テストの最中で、少し迷いながらも、テストを優先し2日後の葬式を欠席しました。葬式の翌日の朝のことだったと思います。一夜漬けの試験勉強、徹夜してウトウトと居眠りに入った時、「コラッ」と言う大声とともに頭をガツーンと殴られた感じがあり、飛び起きました。ゾッとしました。(まぎれもなく爺さんの声、葬式に出なかったことを怒ってるンや !  )。この不思議な幻覚は、今でもはっきり覚えています。それまで一緒に暮らしたこともなく、接点の少ないひとでした。それが亡くなる前、健康を害してからは、当家や長男(私の叔父)宅を行ったり来たり。祖父はよく文句や小言をいうひとでした。気位の高いひとでもありました。生意気盛りの高校生だった私とは、当然合いません。表だって喧嘩をしたわけではありませんが、何となく疎ましい存在でした。祖母(祖父の妻)とは、とっくに数十年間別居の夫婦状態で、祖母は我が家に身を寄せていました。私と妹は、その祖母が母代わりのようになって育ててくれましたので、そのことも祖父とは合わなかった原因かも知れません。亡くなって「2日後に葬式」と聞いたとき、まだ続いていたテスト優先、葬式欠席を決めてしまいました。「コラッ」頭をガツーン。仏壇に水や線香を供える朝、過去帳の2月24日を開くたびに、この幻覚体験を思い出します。

昨年末、私は仕事場の事務所で、めまいに襲われました。天井も床もグルグル回って立っていられません。このトシでもまだクルマを運転して通勤していますが、その日はとても運転は無理でした。仕方なく娘に運転してもらい、帰宅しました。翌日1日仕事を休み、睡眠をとって回復しました。その翌日、高校2年生になる孫娘がやってきて言うのです。「お爺ちゃん、死なんといてヤー」。意外でした。(へー ? ちょっとは心配してくれてるンや )。また、東京で暮らしている娘夫婦が、年に1~2回家族でやって来ます。今年小学校へ上がる孫娘が東京へ帰るとき、いつも手のひらを掲げて「お爺ちゃん、ハイ・タッチー」とタッチを求めてきます。どうやら、孫達には今のところ嫌われていないようです。行儀・しつけは別にして、教育(宿題も含む)や遊びに口出ししないこと。くどく関わり合いを持たないこと。多少のことは受け流すこと。小学校高学年ぐらいになってくると、両親や祖父母よりも、友達の方が大切になってくる・・・などなど、孫に嫌がられない方策を自覚できるようになりました。これらは、先述の祖父から「反面教師」として学んだことです。こうして孫達とは、良好な淡交関係が保たれています。

祖父とは1回だけ、ふたりで一緒に外出した思い出があります。まだ幼かった頃、祖父と京都御苑 ( 京都のひとは「御所」と言います ) の一般公開見学に同行したことです。祖父に連れられて行った思い出は、後にも先にもこれだけです。どうして私だけが連れられていったのか、いまだに合点がゆきません。祖父が亡くなった時期、高校1年から3年にかけては、私の人生にとって大きな転換点でした。孤独で寂しく、つらく、しかし必死にもがいていました。結果、何とか道が開けたように思います。今日あるのはそのお陰。懐かしい日々です。祖父の命日2月24日には、これらのことを、いつも思い出しています。

右の石垣の内側が京都御苑(=京都御所)



 

 

ひがみ・ねたみ の国民性

もう立春も過ぎてしまいました。柿の木と柚子の木に遅まきながら、忘れていた寒肥を施しました。夏の土用にまた施肥します。今秋も豊かに結実するでしょうか。

毎日、政治のニュースを見ていると、国会議員パーティー券のキック・バック、不記載、何に使ったか ? 統一教会の選挙応援、推薦確認状の授受などなどが報じられています。トーク番組では、議員の年間収支、選挙費用なども明らかにされ始めています。衆議院であれ参議院であれ、過去1期か2期、議員を経験した人物からは、「年間収支カツカツで、秘書給与を支払うのが精一杯」だったとか、「借金が残りました」なんて、何と寂しい話しばかりが聞こえてきます。とにかくケチなお金のレベルの話しです。昭和が終わるころまでは、国会議員とはリッチな職業で、善し悪しは別にして、お妾さんのひとりやふたりぐらいは抱えているもの、国民も(そんなもんだと)許容している風潮でした。みなさん、国会議員に「身の清廉潔白」を求めますか ? 「少々のことには目をつぶって、国を動かす仕事の出来不出来」を求めますか ? 私は、報道機関を含め野党と国民が、国会議員(主に与党の)に「清廉潔白」を求めるあまり、今の日本のチマチマした現状を招いていると嘆いています。人間、自分のフトコロに入ってくるカネ、出て行くカネの惨めさを、毎日体験していると、スケールもその規模に縮んで行きます。震災への復旧支援にしてもケチケチ小出し、作る法案も重箱の隅をつつくようなものばかり。国の向かうべき方向を、大きく導くような高所からのものは見当たりません。この風潮はそろそろ変えるべき時にきています。世界では大国と言われる国のリーダーが、嘘の大義を掲げて隣国に戦争しかけてみたり、行き当たりバッタリ、何をしでかすか分からない幼稚な男が、大統領に選ばれそうになっています。アフリカでは、資源や利権をめぐって民族間での紛争、内戦、人口爆発による食糧危機、人間活動の活発化が導く地球温暖化、宗教教義がそのまま国家の法律に取って変わってしまった国民の悲劇、イデオロギー国家の中央集権権力による国民抑圧、人権侵害などなど、日本の政治が余程しっかりしないと、対処できない問題が頻発しています。そんな状況で今の日本の政治は、あまりにも小さく枝葉末梢にこだわりすぎています。

日本国民には顕著なふたつの特徴があります。ひとつは「おおらかで、和を尊ぶ」民族性です。災害や危機でも、我を押し出さずお互いに譲り合います。その結果混乱を招かず、平穏に収まって行きます。これは世界のひとびとが賞賛する良き特徴です。もうひとつは、これは困った性格で、「ねたみ・ひがみ根性」が抜けないことです。「出る杭は打たれる」の格言通り、他人の幸福・成功が許せないのです。日本人が政治に目覚め、関心が高まるほど、「ねたみ・ひがみ」が頭をもたげてきます。その結果、ドーでも良いような、およそ政治の大義からはほど遠い、細かい事象をさも大事のように、取り上げてしまいます。さらに、政治家にお金が集まるのが許せないのです。大阪を中心に躍進したN政党は、この心理に迎合して、「自ら身を切る政治改革」と称し、「議員の報酬を減額せよ」と訴えています。バカです。ちょっとした民間企業のトップであれば、年収は5千万円や1億円になります。国会議員の経費を差し引いた手取りの年収が、1億円ぐらいあってもイイではありませんか。それくらいの能力を備えたひとに、国政を担って貰わなければ困ります。これは民主主義の必要経費なんですから。加えていつしか、議員の年金制度は廃止されて、退職後の保証はありません。これも議員が優遇されていると言った間違ったヒガミが招いた結果です。これではまともな人間は、国会議員を目指さないことになってしまいます。結果、意欲にあふれたスケールの大きな人材が逃げてしまう職業になってしまいました。国会議員には「立法」と「国政調査」の仕事があるそうです。所が野党がやっているのは「国政調査」の一面ばかり、大臣や行政官のミス・不手際をツツくことにばかりに血道を上げています。前回の衆議院議員選挙で、大阪府T市とS町選出だったT女性議員が落選しました。私はこの人物を「日本人の恥」と思っていましたから、胸が透く思いでした。「有権者は良く見ているナ、捨てたモンじゃないネ」と感動しました。しかし、次の参議院議員選挙に、また立候補し、当選してきたのです。今またあんな人物が、まぎれもなく「日本の国会議員」です。実状、彼女は立法府の議員と言うよりは「プロレスラー」です。国会という国民の面前(リング上)で、大臣、与党議員、行政官をサンドバッグさながら、殴打に殴打することが仕事だと思っているようです。「あなたは疑惑の総合商社と言われていますが、疑惑のデパートじゃないですか ? 」「あっヤバイと思ったんじゃないですか ? 」。・・・ムムム、これが国会審議でしようか ? しかも本人は以前、架空の秘書給与を計上し、フトコロに入れて刑事訴追され有罪判決を喰らっています。それでも ( 恥ずかしげもなく、よくもあんなにプロレスが演じられるなァ ) と呆れます。以前、彼女が所属していた日本S党は、1960年当時自民党と並んで、日本を二分する大勢力でした。それが国家の「大義」や「立法」を忘れ、「国政調査」というプロレスばかりを演じて正義の味方ぶることを続けました。結果国民から飽きられ、その凋落の激しさは目を覆うばかり、いつしか霧消してしまいました。国民はバカではありません。今のすべての野党も、このプロレスラー病にかかっています。自民党がどれほど失敗を重ねても、野党の支持率が上がらないのはそのためです。これに気づかず、立法作業を忘れがちになるのは、「正義の味方ぶる味」が麻薬のような依存症の蜜の味を内包しているからに違いありません。与党議員もカネに困り、ビンボー議員ばかりです。パワーや才能に溢れた議員は、ほとんど見当たりません。この状態は、野党にとってチャンスのはずですが、野党議員もビンボーに慣れて人材不足、国家を担う国会議員全体がビンボー慣れの情けない現状です。国家にまともな指導者がいない状態、これは危険です。国を動かす人材には、スケールの大きな人間が必要です。

私たちは土壌を改良し、肥料を施して豊かな農地を作ることで、良い作物が収穫できることを自然から学んでいます。土壌としての収支が貧困な職業には、豊かな作物果実は実りません。当然その打開策は報酬の引き上げと、退職後の充実した年金です。皆さん、そろそろ、ケチらずに、議員報酬を大幅に引き上げ、議員年金制度を復活して、国会議員をマトモな職業にする以外、手がないのに気づいて下さい。ある程度のコスト高は「当然経費」として受け入れて下さい。ひがみ・ねたみ根性で批判しないようにお願いします。

50年間の逃亡

昭和49年から50年にかけて、連続企業爆破事件にかかわった桐島 聡容疑者が神奈川県内の病院で死亡しました。享年70歳。私より10歳年下、20歳の時より指名手配され、50年間の逃亡でした。重篤な胃癌で入院中、偽名を使っていましたが、「最後は本名で死にたい」との意向で、指名手配中の「桐島 聡」だと病院に告げ、病院からの通報で警視庁公安部により、入院のまま身柄確保にいたったとの報道です。事件当時私は30歳、70年安保闘争のあと学生運動がくすぶり続け、浅間山荘事件など過激派事件が日常だった世相を思い出します。私が学生時代所属していたサークルは、アメリカの広告文化に根ざした大量消費時代の浮かれた学生の集まりでしたが、70年当時部室にはヘルメットとゲバ棒(角材)が山積みになっていたと聞き及びます。真偽不明ながら、サークル幹部の数人は、すんでの所で「よど号ハイジャック事件」に参加し損なったとも聞きました。そんな時代の雰囲気の中で桐島 聡は「東アジア反日武装戦線」に身を置き、連続企業爆破事件の実行犯として、爆弾テロに参加したものと思われます。私が学校を卒業した昭和41年は、その前々年に東京オリンピックが開催され「もはや戦後ではない」と言われた時代でした。それでも卒業後、企業に就職せず、海外に飛び出して行ったり、自力で商売を始めようかという、アナーキーな学生はいて、国家や企業に依存せずにやって行こうと考える奴等が一定割合いたものです。「青年は荒野を目指す」なんて気取りながら・・・。私も就職なんてする気はまったくなく、アルバイトをしながら、学生時代の延長のように暮らしていました。それが実家に引き戻され、借金を背負わされ、銀行や取引先の意向で強制的に社会のルールの枠に組み込まれて、反骨のアナーキー心がなくなっていったのは確かです。所帯を持つと、更に自由を失い、扶養義務、健康保険義務、年金支払い義務などなど、尖っていた部分が削られて、丸味を帯びて行く自身に辟易としていました。この世に生まれ落ちたとき、大自然からプレゼントされた、かけがえのない大切なものが、毎日失われて行く感覚に、歯ぎしりしながら・・・。ほんのちょっとした違いです。あの時私も自由人のままアナーキーに、友人と社会変革なんて議論し、熱に冒されていたら、テロという犯罪に染まっていたかも知れません。学生→就職→企業人へが既定路線と思って生きてこられた向きには、この感覚はご理解できないでしょう。桐島 聡容疑者は死の床で、警察官との会話中に「後悔している」と漏らしたそうです。痛いほど良く分かります。20歳の若気の至り、犯した犯罪で、あとの一生を50年間、逃亡で送る羽目になってしまいました。日本中の銭湯や交番の壁に、自分の顔写真が大きく貼り付けられ、「指名手配犯人 ! 」。胃癌で死期が迫り、最後は「自分の本名で死にたい」。人生の重みと悲しみが伝わってくるのです。

トランプ現象

この所のアメリカ大統領選挙共和党の候補者選びで、世論調査を見れば、ドナルド・トランプの支持率が50%を超えています。対する民主党の候補者は、今の所、高齢のバイデンのみ。いささか心許ない感じです。世界の全員とは言いませんが、多くの人々は内心「えー、またトランプにやらせるの」と思っているのが正直なところでしょう。私はブログで、できるだけ政治問題は避けたいのですが、今日のブログでは、トランプ現象を考えてみます。

イスラエルパレスチナの紛争問題では、トランプは明確にイスラエルを支持しています。これは人道主義的には困ったことになりそうです。どこか知らない遠い国の政治情勢なら構いませんが、アメリカの政治情勢は日本のみならず、世界中に影響します。特にいま戦争が継続しているウクライナとロシアの戦況への影響は懸念されます。とにかくトランプの外交政策は支離滅裂で、方向が定まりません。

錆びたベルト地帯と呼ばれるミシガン湖岸地域など、石炭、製鉄、自動車産業などの労働者に「過去の繁栄復活」を約束し、人気を取る手法が今の高支持率の基となっています。「America First」と叫びますが「過去の繁栄」が「復活」につながるかどうかは、やってみなければわかりません。それは産業の盛衰、時代の流れから見て、時計の針を逆に回転させようとしている試みにも思えます。

20世紀初頭から始まった「共産主義革命」は、農民のため、人民のため、労働者のためを錦の御旗にして、階級闘争として行われましたが、結局行き着く先は専制主義、独裁主義国家でした。国家のリーダーになった者に極端な権力が集中し、封建制国家の王権に取って代わっただけでした。ソヴィエト連邦、中国、北朝鮮、などなど。また、21世紀を迎え、システムとして似た様相を呈しているのが、宗教としてのイスラム主義を標榜する国々です。ドナルド・トランプもこの方式を使えば、人民の支持を得て国を支配でき、やりたい放題をやれることを察知した人物に他なりません。それらは、政治から良識を抜き去り、利害・損得を人民の前にぶら下げて、支持を獲得し、最終的には自身に権力を集中させようとする手法です。もちろん政治に「損得・利害」は付き物、完全に排除はできないものの、「良心・良識」、「全国民のため」という目的は、重要な要素で、「成熟した民主主義」とは、その方向を目指していたのではないでしょうか。20世紀を反省すれば、レーニンスターリン毛沢東金日成といった専横による悲劇が回顧されます。ヒットラーも圧倒的な人民の支持を得て、政治の世界に登場しましたが、その支持の源泉は、不況による貧困、求職難から脱出を願う「人民の損得」「領土拡大」でありました。これらの国家権力集中専横は、社会を変えるという美名のもとに、何度繰り返されてもまだ懲りないのです。

現在世界の、プーチンやシリアのアサドに対抗するため、同じムジナのトランプでやりますか ? それはずいぶん下劣な政治手法ですが。2015年頃から頭をもたげた、トランプ現象を分析すれば、そこに高邁な理論や理想は見られません。トレンドの源泉は「高学歴のインテリ達」を「アンチ・テーゼ」とする労働者達の「損得」エネルギーであります。あるいはプロ野球の応援のように、自他を「味方」と「敵」に分け、「味方」で固まり「敵」を徹底的に攻撃することになります。私は英会話が不得意で、スラング(俗語)などはわかりませんが、報道画面に通訳された字幕では、トランプは「インチキ、バイデン野郎」なんてずいぶん汚い言葉を使っているようです。そこでは政策のカケラも見当たらず、「味方」「敵」となって罵り合うスポーツの応援談義そのものです。太平洋戦争中、シンガポール陥落、南京陥落と喜んで、提灯行列。お祭り騒ぎとなって我が方の優勢を騒ぎ立てた社会の風潮でもあります。利害・損得に左右される政治から、良識で動く政治へと向かうことを希求してきた一部のひとびとにとっては、いつまでも20世紀の政治方式が変えられないまま、動いて行くことに懸念をもちつつ、諦めの気持ちを抱いているのも正直なところです。結局、トランプ現象とは、『政治を「損得・利害」で動かすかどうかの問題だ』との結論に達した次第です。

能登半島地震・遠国遠望症候群

ネットで捜しましたが、能登半島地震の無料画像がなく、蘭の画像でゴメン

「遠国遠望症候群がニッポンを滅ぼす」

元旦の午後に発生した能登半島地震から、半月近くが経ちました。

倒壊した家屋の下から、120時間を経過して救助され、命をつないだひともおられましたが、今は(1月13日現在)もうほぼ、生存救出は無理なようです。正月元旦の午後、大きな地震に襲われ、家屋が倒壊。何とか這い出したものの、一緒にいた家族は倒壊したガレキの下。人力ではとてもガレキは取り除けない。まわりの家屋も同じ状況。どうしよう。はて、困った。道路は寸断されているようだ。救援は来るのか来ないのか。これが能登半島の先端に近い集落の状況でしょう。

私は年に数回、東京へ出かけます。その時いつも、東京という街の変容、民間企業の力量に圧倒されます。〇〇ヒルズなんて巨大なオフィス・ビルがどんどん建設されているのを見るにつけ、地方との決定的な格差を感じます。あのビルの林立と、同じ時代、地震被災者に毛布や食糧が届かない現実。寒さの中で感染症を恐れながら、排泄もままならず身を寄せ合っている被災地のひとびと。巨大都市パワーと過疎地域のこの格差は何なんでしょう。もしかして東京のエネルギーの数%を、被災地へ振り向けるだけで、すべてが解決できるような気がしてきます。しかし、現実の政治は、そうは動きません。自衛隊災害派遣、インフラの復旧、必要物資の輸送。これらは道路の寸断、港湾の損傷などを理由に、ノロい(遅い)のです。私はこれを「遠国遠望症候群」と名付けました。どこか遠い国の出来事を、ひとごととして遠く眺めている状態です。

理由は、「現場」と「司令部もしくは管理部」との乖離にあります。このところ私がこのブログで繰り返し述べてきたことです。今回の地震支援にたいしても ( またか ) と感じます。日本人の多くが、受験(お勉強)→名門大学へ→オフィス・ワークへの就職を、人生の目標としてきたことから、「現場」が遠いのです。同じ企業であっても、「現場」はどこか遠い国のことだと感じているのではないでしょうか。企業は「現場」で動くもの。「司令部や管理部」で動くと考えるのは、本末転倒です。お勉強成績優秀なエリートが中心になって行った太平洋戦争は、失敗の見本例でした。戦いに窮した現場から「食糧が足りない」と打電しても、大本営は「現地調達せよ」。「武器・弾薬・兵員が足りない」には「神軍が一丸となって突撃すれば、勝てる」と応じて、現場の窮状を理解しないのです。インパール作戦で「食糧が足りない」と打電しても、ジャングルや3千メートルの高地にいる兵士に「食糧は現地調達すべし」とは、現場を知らない指令部の「遠国遠望症候群」です。これら司令部の幹部は、海軍兵学校陸軍士官学校を成績優秀で卒業したエリートばかりでした。お勉強が国や組織を動かすリーダーを作るという、間違った考え方の典型でした。しかし、なかには海軍兵学校出身ながら、現場の重要性を知っていた人物もいました。現場の大切さを知っていた山本五十六は、南方戦地現場で指揮を執りつづけ、兵隊と一緒になって戦果を上げました。不幸にもラバウル基地からブーゲンビル島へ向かう時、その情報の暗号文を敵に解読され、搭乗機が狙い撃ちされて墜落死を遂げます。その葬儀が国葬で営まれたことは、彼の行動への高い評価に他なりません。

能登半島地震に関するネット上では、現地視察に入ったひとりの国会議員に対して、他の議員から「迷惑だ」「なにやってんの」と誹謗中傷が飛び交っています。東日本大震災の折、現地入りした当時の菅直人首相に対しても、同じ批判がありました。私の意見は違います。2021年3月13日付けの、私のブログ「菅直人議員の再評価」を読んでみて下さい。湾岸戦争の時、日本人の人質救出に向け、イラクへ交渉に行ったアントニオ猪木参議院議員は、「国会議員は手を挙げて採決に加わるだけじゃないでしょう。国会議員はそういうものだと思っていて行った」と言います。今回、現地入りする勇気もない議員が、交通渋滞などを理由に批判しますが、ヒガミ・ネタミとしか思えません。かって田中角栄という政治家は、自分が生まれ育った新潟という地方が、冬には半年間雪に閉じ込められ、晴れる日がひと月に3日ほどしかない現実に抗い、山を切り開き太平洋側へ道路や鉄道を通しました。この願望は、かって裏日本と呼ばれた日本海側で育ったひとにしか分かりません。そこへ彼が投入しようとしたエネルギーは、半端なものではありません。圧倒的な物量です。今の政治家とは、ケタが違うのです。犯罪は悪いことに違いありませんが、田中角栄ロッキード事件に比べて、パーティー券収入のチョロまかし、野党でも架空秘書へのニセ給与支払いなど、数千万円程度の政治資金規正法違反を見ていると、何と国会議員のスケールが小さくなったモンだと感じます。このスケールの小ささが、救援規模のミミッチさや時間的な小出し、ノロさにつながっているものと感じています。国会議員には年収5千万円ぐらいの収入を保証し(全額生活費に充当できる収入)、引退後は潤沢な年金があってしかるべきです。選挙時のサービス合戦を防ぐために、国費から給与が支給される政策秘書は4人までに制限しましょう。私設秘書を認めてはいけません。選挙はあくまで政策力で争うべきです。そうでなくては2世3世議員か資産家しかできない職業になってしまいます。卑しい根性の議員を排除する方策は、国や自治体の品性を保つために、常に考えていなければなりません。パーティ券収入をチョロまかすような、ミミッちい議員を排除し、正々堂々と持論を展開できる、まともな議員で構成する議会を作ること。今、時流に乗って勢力を拡大しているある政党は「議員報酬を削減し」それを「自ら身を切る改革」と人気取りを狙い、声高に言います。そんなに「自ら身を切る」ことが快感なマゾヒズム的好みのムキは、カミソリで自らの手首を切ってはどうですか。「議員報酬」が、民主主義のコストだと考えれば、今より増やしても、それぐらいの金額は安いものです。それは国の当然の必要経費ですから。

災害が起こると、総理大臣以下閣僚はナッパ服(作業服)を着て、テレビの前に現れます。あれは茶番劇です。東京の官邸にいて、作業服を着て会議をやっている。作業服は作業をするとき着るものです。スーツを着て会議をすればいいじゃないですか。むしろいつものスーツ姿で現地入りし、少しガレキ処理も手伝い、スーツが汚れ、破れて、その汚れたスーツ姿で対面すれば、被災者はその心意気を感じるかも知れません。東京でナッパ服着て会議やっているのを見ると、あれはみんなで冗談をやってるんだと思ってしまうのです。

正月早々

お正月元旦の午後、石川県能登半島を襲った地震に驚きました。明けて2日夕方、羽田空港日本航空旅客機と海上保安庁の航空機が衝突する事故が起きました。地震に関しましては、まだ救出も支援も続いていて、もう少し経過を見守りたいし、言いたいことがたくさんあるので、次のブログに譲り、ここでは飛行機事故についてブログします。

飛行機事故のほとんどは、離着陸時に集中していると言われていますが、まず、この時代、「離着陸」許可が音声通信のみに頼っているのが驚きです。現在、自動車メーカーでは、事故防止策が知恵を絞って開発されています。一部では「自動運転」なんて技術も完成が近いようです。技術のコア部分は「センサー」にあるようです。もうひとつ、鉄道の初期、単線運行で、駅と駅との区間を「閉塞区間」とし、両側から列車が走ってくる正面衝突を避けるために「タブレット」という「通行許可書」を設けて、それを所持している列車のみが、その区間に進入できるシステムがありました。閉塞区間を通過して、次の駅に到着したとき、タブレットを駅に渡し、「待っていた、もしくは次にやってきた逆方向に進入する列車が、そのタブレットを受け取って、はじめて閉塞区間を走ることができる」というルールでした。古びたルールながら、今もってこのタブレットのルールで運行されている単線は存在しているようです。少し発展して、兵庫県加西市北条鉄道では、タブレットICカードに置き換わり、出発駅で運転手が受け取ったICカードをカード・リーダーにかざすと、信号機が青になって単線を進行できるようになっています。

そこで、今回の衝突事故を防止する手立てとして

  • 自動車の事故防止センサー
  • 単線運行のタブレット方式

のふたつを検討してみてはどうかと考えます。

まず、各滑走路の幅プラス左右に同じ幅、つまり滑走路を中心に3倍の幅、帯状の範囲を決めて、その端に赤色と青色に灯る照明を交互に埋め込みます。滑走路の端から端までです。その帯状の範囲(滑走路と両側)にセンサーを設置します。そのセンサーは人間以上の大きさの物体が侵入すると、「赤灯」が点滅します。人間、自動車、運搬籠、もちろん機体もです。鳥や小動物には反応しません(これはセコムに警備を任せている当社も確認済み。夜間警備体制になってから、ネコやネズミの大きさには無反応です)。滑走路に入ってはいけない物体がある場合と、これから離陸しようとして滑走路に機体が入った場合に、両側に並んだ「赤灯」が点滅しますので、「着陸不可」です。上空から着陸しようとして、管制官から「着陸許可」を得ている機体であっても、着陸できません。つまり単線鉄道の「タブレットを持っていない列車」と同じ扱いです。滑走路から離陸機体が離陸したり、余計な物体がなくなった時点で、点滅していた「赤灯」は消え、「青灯」が点きます。「青灯」は点滅ではなく、「着陸に支障の無い状態や滑走路へ進入できる前状態」では常に点いています。上空から見て、機長は滑走路の両側の「青灯」列を確認して、着陸態勢に入ります。もしも、離陸のため滑走路に近づいた機体があっても、滑走路の幅プラス同じ幅の部分まで機体が近づけば、「赤灯」の点滅になります。こうして、高度なセンサーを二重三重に備えた滑走路は、おおむね安全な状態になります。離陸のため滑走路へ入った機体の機長は、照明が「青灯」常灯から「赤灯」の点滅へと変わったことで、「今、この滑走路はオレだけのものだゾ。誰も入ってくるな」と宣言した感じになります。それでは、そこへ別の機体もしくは、別の物体が脇から侵入してくればどうなるか。→点滅していた「赤灯」を消しましょう。真っ暗です。滑走路に2つ以上の物体があれば危険信号です。「赤灯」ももちろん「青灯」も消えます。滑走路上の物体は何であれ(離陸許可を得ている機体も)、急いで滑走路外へ出る必要があり、脇へ出る照明を頼りに出ます。上空で着陸を待っている着陸機も、滑走路の灯が消えたことで、「着陸不可」になります。それから滑走路に何もなくなった状態「青灯」が灯った状態を確認してから、離陸機は離陸進入をやり直し、再度「赤灯」の点滅を確認して離陸することになります。

管制官は空港全体を見下ろせる高い塔の上から、離着陸やさまざまな車両の動きなどを見ているようです。しかし、もうひとつの視点が必要だと考えます。それは、滑走路の端、離陸口と着陸口、すなわち滑走路を見渡せる地上での視点です。もちろん滑走路の端と端は、人間が常駐するには危険な場所です。着陸口は高度を下げすぎた事故、離陸口端っこはオーバー・ラン事故の危険があります。ですから、滑走路を目視するのに、その場所に人間が居る必要はありません。滑走路の端から端まで見渡せる、監視カメラで十分です。すでにこのようなカメラは設置されているのかも知れませんが、高い位置から空港を見下ろしている管制官にも、この地上の視点から滑走路を目視するモニターは必要です。更に言えば、各飛行機に指示を出す管制官の別に、地上の視点で滑走路を見渡す専門の人員が、常に見張っていれば、安全は増すと考えられます。今回の場合、このカメラを目視していたひとが「滑走路に小型機が侵入 ! 」と叫んでいれば、管制官日航機に、着陸復行( Go-around ) の指示を出して事故は避けられたかも知れません。安全の確保には、何重の対策があっても十分とは言えません。今回の事故を契機に、このようなカメラが設置されているかどうかも、知りたく思います。

鉄道の単線運行にはタブレットを使います。タブレットには丸や三角や四角の穴が空いています。到着した列車が持ってきたタブレットを駅の機械にはめ込むことで、本社で列車の位置を確認しているのかも知れません。ここのことは、私は少し理解できていません。今回、小型機の機長は「ナンバー1」という離陸許可をもらったと語ったそうです。次に飛び立てる許可なので「ナンバー1」かも知れませんが、ダメです。順番の番号は刻々と変わります。誤解のもとです。それよりもランダムな数字を離陸許可や着陸許可として発行しましょう。「C2784U」という風にです。Cは滑走路の名称+ランダム数、そして+UはUPで離陸の意味。着陸は最後が+D (Down )になります。この文字が滑走路上や、着陸機が通過する1km手前ぐらいに表示されます。つまりタブレットの丸、三角、四角に該当し、滑走路に表示されている文字と、管制官からもらった許可(文字)が一致してはじめて離陸着陸が可能になります。つまり、タブレットをもって許可されたことになります。コックピットでこの文字を打ち込み、滑走路の文字と一致しなければ、警報音が鳴ります。というのはどうですか ? まだまだいろいろ考えられるでしょう。

これらが私が考えた改善策です。安全はいくら知恵を出しても、出し過ぎることはりません。みなさんで、いくつもの良い方法を考えて、今後の世の中に役立てて行こうではありませんか。素人アイディアながら、doiyannekoの提案でした。

年が明けました

 

明けましておめでとうございます。

今年の元旦は、天気がいまひとつ。雨の初詣となりました。

今年も相変わらず、ブログをつづけて参ります。適当によろしくお付き合い願います。

昨年、年の瀬も押し詰まった年末、自動車メーカーのダイハツ工業が、新車の安全性が国の基準に達しているかどうかを確認する「認証試験」で不正をしていた問題が発覚し、12月26日から全車種の出荷・生産を停止しました。23年4月に側面衝突試験の認証申請に不正があったとダイハツが公表したのが発端です。内部調査をした第三者委員会が新たに174件もの不正を見つけて、それがすべてのクルマに該当すると指摘されました。不正は1989年から30年以上にわたるとなっています。原因のひとつに、2014年以降の短期開発による、現場へのプレッシャーも指摘されています。内部告発が発端だったようです。自動車産業や鉄鋼メーカーなど、この手の検査不正は次々と明るみに出てきます。( またか )というのが私の実感です。( こんなこと当たり前だ )という思いもあります。皆さん、今の若者達の就職希望を、どうお感じになりますか。彼らの就職後の仕事イメージは、ほとんどがデスク・ワークです。冷暖房の効いた明るいオフィスで、スーツを着てモニターに向かうのが、仕事のイメージのようです。しかし、それは本当の意味で「仕事」とか「働く」ことなんでしょうか ? 奇しくもコロナ渦、オフィスに出勤せずに勤務する、リモート・ワークというのが流行りました。あれはほとんど今までやっていたことが、本当の意味で「働いていた」のでないことを露呈したものです。数年前、大手広告代理店の女性社員が、過労死自殺をして、大問題になりました。広告主のホーム・ページに次々問い合わせられる問題に、昼夜通してリアル・タイムで対応しなければならない仕事だったようです。それは確かにデスク・ワークながら過酷な現場の仕事だったと想像できます。私は零細企業の経営者です。我が社でもデスク・ワークはあります。20数年来、担当者はたったひとり同じひとで代わっていません。それより前、欠員が出て「事務員」の募集をしたことがありました。驚くほどの人数、応募者が殺到しました。それが何とExcelの数式や関数を打ち込めないどころか、ワープロ文章も打てないひとが応募してくるのです。商売が忙しくなって、現場で働く労働者は募集してもなかなか集まりませんが、「事務員」の募集となると、「事務」もできないひとが多数応募してきます。デスク・ワークの「事務」は希望職種で、「現場労働」は希望しない職種のようです。恐らくメーカーの製造現場でも、同じ事情、製造や検査の労働者が不足しているのが見て取れます。人手が不足していて現場が回らないのに、土日祭日、超過勤務は罪悪という世の中の風潮、「休め休め ! 」。これが今、メーカーなどで起こっている現象です。「国の基準 ??? そんなことやってられないよ」というのが現場労働者の本音でしょう。中国や韓国では、大学を出ても就職先がないと言います。つまりデスク・ワーク希望労働者の就職は困難ながら、就職先はあるのです。どこでも現場労働者は圧倒的に不足していて、応募者を待ち望んでいます。農業、林業、酪農、鉄鋼・金属、運輸、販売など、現場仕事の労働者は、絶対的に不足しています。1965年に73%だった日本の食料自給率は2021年、38%に落ちています。米の消費量は半分以下に下がっています。米を食わなくなった反面、畜産物と油脂類は数倍に増えていますが、その飼料や油脂原料は輸入に頼っており、大豆や小麦の消費量は変わらないものの、ほとんどは輸入です。大豆(93%輸入)、小麦(83%輸入)。農業従事者数は1965年の11%にまで減り、農地面積は72%にまで減少しました。カロリーで見た日本国民の食料国産自給率も38%。あとは米国、カナダ、豪州、ブラジルその他の国からの輸入に頼っているのが現状です。農業従事者の減少は農家あたりの営農面積拡大や、機械化で補ってきました。かねてより食糧自給率の低下は、識者や農林水産省によって、警鐘が鳴らされてきました。しかし一向に改善される気配はありません。農業従事者という現場労働者を増やすよりは、食料を輸入に頼っている方が楽なのです。輸入ができなくなり、食料や飼料が入ってこなくなって飢餓状態になるまで、改善は無理でしょう。今の若い人たちが言う「それじゃ食えないヨ」とは、「贅沢な今の生活が維持できない」という意味であり、本当の飢餓ではありません。昭和20年敗戦、焼け野原となって「本当に食い物がない」餓死寸前の飢餓状態。あの状態になれば、日本人の多くが農業従事者になって、農場で働くかも知れません。私ども年金生活後期高齢者も農地へ出て、耕すことになり、「背に腹は代えられない」と。餓死が迫って来てはじめて、農業の現場へ出て働くことになるというのが人間の本性です。そんな訳で、自動車産業における「国の認証安全基準」は、またしても知らないうちに誤魔化されることになるでしょう。「クルマは何とか走ってるヨ。あんな基準に適合させろと言っても、人手不足の現場では無理。もっと現場に人をよこせ。人手が足りないのに、『休め休め』と言うナ ! 」と現場からの声が聞こえてくるようです。

もうひとつ、年末の話題。異性にモテないと称する人々が12月24日、東京のJR渋谷駅周辺で「クリスマス粉砕デモ」を行った。とYahooニュースに出ていました。何のこっチャと興味を覚え、読んでみると

「高額のプレゼントを贈るなど、クリスマスを巡る商業主義に警鐘を鳴らすためという。参加者は「クリボッチ(=クリスマスに独りぼっち)も多様性のひとつだ」「これが日本の言論の自由だ!」とメガホンで叫んだが、道行く人はどこか楽しげに見つめていた。「革命的非モテ同盟」という団体が主催した。平成18年以降、同様のデモをクリスマスやバレンタインデーに合わせて実施しているという。「カップルの存在は否定しないし、恋愛に反対もしない。だが、クリスマスはカップルがいちゃつくものだと押しつける風潮はどうなのか」と疑問視する。さいたま市の50代の派遣社員女性も「日本はバブル期以降、クリスマスはカップルがデートしてプレゼントを贈り合う記念日とされてきたが、本来のキリスト教の趣旨は違うのではないか」と訴える ( yahoo ニュースから )。

日本人でキリスト教徒でもない人が、クリスマス・イヴに浮かれているのを「アホか」と苦々しく思っていた私としては、心の内で密かに拍手を送った次第です。ちょっとイイ話しではありませんか。

それでは皆さん、新しい年を、健やかに過ごして参りましょう。