小さな水力発電所

滋賀県の琵琶湖から京都市内へ流れる運河、琵琶湖疏水山科区を流れたあと、岡崎公園の動物園前に姿を現し西へ流れ、みやこメッセを半囲みするように北流したあと、また西へ流れます。東大路通りをくぐって50mほど流れた所に、大きな船溜まりのような場所があります。写真を撮りましたが、冬の今は浚渫中で水はほぼ抜かれた状態です。昔ここは「武徳会」という水泳教室でした。現在はその北に屋内プールになって「踏水会」という名前に代わり、競泳選手を輩出しているようです。私事ながら、小学校低学年の頃、この船溜まりのような屋外プールに2年間ほど通って水泳をおぼえました。生徒は全員、白い褌(ふんどし)を締めます。溺れて水底に沈んでいても、白い褌は発見しやすく、また、引き上げるのに持ち上げやすいのだと説明を受けていました。「武徳会」とは、明治28年に武道の振興を目的に設立された組織で、剣道や弓道とならんで水泳も武道として扱われていたようです。

この船溜まりの南西隅に小さな水力発電所があります。「関西電力夷川発電所」です。水路が狭くなって水流が増しているだけの(これが発電所 ? )と思うような水力発電所です。落差は3.42m。最大出力300kW。一般的家庭の使用電力は6kW/hと言いますから、約50戸ほどの発電をしていることになります。発電開始は大正4年からです。

もともと京都市は水運目的で、運河「琵琶湖疏水」を計画していましたが、明治14年当時、大学生だった田辺朔郎卒業論文として「琵琶湖疏水工事の計画」を書き、採用されて工事が始まったものです。21歳、卒業と同時に「京都府御用係」に任命され、土木工事を差配、その工事の途中から渡米して水力発電を視察し、琵琶湖疏水も「水力発電」と「電気鉄道」に使えることがわかり、目的はそちらへ移りました。明治24年に蹴上水力発電所(出力4,500kW)が完成、その電力を使って岡崎公園~蹴上船溜り間(安養寺近辺)640m、勾配15分の1を船が台車に乗せられケーブルカーのように10分余りかけて上下しました。上げられた船は琵琶湖へ、降ろされた船は大阪湾へ運航できます。インクラインと名付けられ、今も観光スポットとして残っています。

またその電力は、明治28年2月から「京都電気鉄道」として日本初の路面電車の運行に使われ、塩小路~伏見間を、つづいて4月からは七条~岡崎間を電車が走りました。大正3年には伏見区墨染に「墨染発電所(出力2,200kW、落差14.31m)」が作られ、この夷川発電所はその翌年からの発電開始です。

テレビの画面に大都会の映像がよく流れます。ドローンであったりヘリコプターで撮影した映像ですが、林立するビル郡、道路や線路を走るクルマ、列車。特に夜景は何事かと思うほどの、人間のきらびやかで強烈な活動を映像から感じます。各ビル、マンションは照明、エレベーター、冷暖房、揚水などに電力を使い、クルマは石油を、電車も電力を消費します。正確なものではありませんが、発電所の出力を少し調べてこの夷川発電所と比較してみました。

夷川発電所出力300kW。墨染発電所出力2,200kW。蹴上発電所出力4,500kW。

対してクロヨン水力発電所337,000kW。一般的な石炭火力発電所220,000kW~1,000,000kW。LNG天然ガス・都市ガス火力発電所 340,000kW~2,370,000kW。大飯原子力発電所4,700,000kW。柏崎刈羽原子力発電所8,212,000kW。

柏崎原電は夷川水力発電所300kWの2万7千倍、しかもそこまで行かなくてもそれに近い出力の発電所が日本中に、水力、石炭火力、LNG石油、原子力と多数設置され、私たちはそれを普通のこととして使用しています。夷川通りに面したこの小さな水力発電所を見ていると、現在の消費電力量からして、ひとは取るに足らない300kW発電量の発電所を今、作るだろうか ? と疑問が湧いてきます。逆に考えれば、大正4年当時は、300kWの発電量でも、社会にとって意味のあるヴォリユームだったと言えるようです。

昭和48年の石油ショック前、ある電力会社の重役が「このまま電力需要が伸び続ければ、そのうち中東から日本まで10km間隔でタンカーを連なり続けて石油を運ばなければならない」と警告していました。2度の石油ショックを経て、省エネルギーは推進されたものの、その後まだまだ電力消費は伸び、各地に原発も建設して対応してきたのが私たちの社会です。そんなに効率良く高い建物は必要でしょうか ? エレベーターで上り降りし、各階に供給する水は常にポンプで上階にくみ上げ、夏に南向きの部屋は冷房、冬、北向きの部屋は暖房が必要です。そうして効率と便利さを追求してきた結果、人間の活動によって地球は温暖化し、後戻りできないところまで来ています。化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が叫ばれる今、水の豊富なこの日本では、賢い(スマート)水力発電が見直されても良いのではないかと思います。風と波と森林と水素やアンモニアの利用と並行して水力発電・・・・・。夷川水力発電所は東大路通りの川端警察署を西へ100m行った夷川道路沿いにあります。墨染水力発電所は、伏見区35号線(師団街道)の伏見税務署前を南へ、国道24号線(竹田街道)と交差する所、以前ストリップ劇場があった場所の東側と言った方がご存じのムキもおられるかも知れません。皆さん一度見に来て下さい。その小さな発電所の佇まいに、きっと胸の中で何か感じられるものがあると思います。