静かな日常

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今朝(4月3日)の朝刊、沢木耕太郎の一文があり、読んで(フフン、そうだネ)と思いました。沢木が東北のある都市を訪れ、夕食をしようと居酒屋を探していて、街頭でキャバクラの客引きから思いがけず教えられた店に行き、良い料理と酒に出会えた話しです。思えばこの3月、私は4本のブログを書いていますが、それはウクライナ戦争のことばかりでした。侵略戦争、爆撃の凄惨さに怒り狂って、プーチンのアホ行為を黙っていられませんでした。大体ブログやエッセーなんてものは、日常の何げないシーン、ちょっとしたこころ温まる小さな出来事をお洒落に書くものでしょう。読んだひとに(フフン、そうだネ)(ハハァ、いい話しだ)と思ってもらえば十分の行為です。私はこの3月は侵略戦争に感情を激昂させていて、ずいぶん逸脱していたと反省します。高校時代、授業中机に伏せて寝てばっかりの友人Sクンがいました。成績は悪かったのですが、音楽や映画、文学の他人が気づかない面白いものを見つけてくるのに長けていました。30代の頃、「面白い本があるヨ」と彼が教えてくれたのは、沢木耕太郎のノンフィクション「人の砂漠」でした。兄の遺体に添い寝して暮らし、餓死したお婆さんの話しや、天皇陛下を新年参賀の時パチンコ玉で撃った男、皇太子殿下ご成婚パレードで石を投げつけた少年のその後の人生を取材した話しなど、実にショッキングな内容でした。面白かったので更に本屋で「敗れざる者たち」を買って読んでみると、私が野球少年だった頃憧れた毎日オリオンズ榎本喜八選手の知られざる奇行に胸打たれ、1964年東京オリンピツク・マラソン銅メダルの円谷幸吉選手がメキシコ・オリンピックを前に自殺した経緯、その遺書の記述があり、やり切れない想いで読んだものです。沢木耕太郎はルポ・ライターとして出発し、10年ほどして日本社会党委員長浅沼稲次郎の刺殺犯を描いた「テロルの決算」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞して作家として認められます。「敗れざる者たち」は浅沼事件の3年前、「人の砂漠」は2年前に出版された作品で、まだほとんど無名だった沢木が、特異な人生をたどった人々を、好奇心に突き動かされ必死になって取材した熱意が随所に感じられる書物です。自暴自棄になった榎本喜八が猟銃をもって部屋に立て籠もったとき、奥さんから連絡を受けたプロ野球入りの恩師、荒川博が駆けつけて部屋へ入ると、天井へ向けて発砲したエピソードなど、まさに尋常でない出来事を次々に書き連ねた作家でした。その沢木が粋な客引きに出会って、思いがけない居酒屋で飲食できた幸運を、旅の醍醐味だと何でもない話しを何でもなく書いています。戦争の惨状を伝える映像や、人生の極端な不運、不条理、悲劇を追っかけて書くのではなく、日常に出会った小さな出来事に、人生の味を噛みしめることができるのは、何て良い事なんだと思えた朝刊の一文でした。沢木耕太郎を教えてくれたSクンは4年前に亡くなりました。人生のいろんな出来事が、我が身に沁みるのを感じるこの頃です。戦争も終結して早く平穏な「静かな日常」を取り戻したいものです。