短距離ランナー福島千里

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西王母椿

先日のNHK-BS番組・スポーツ・ヒューマン「速く走れないなら死んでいるのと同じ」はあと味の悪い番組でした。陸上競技、女子短距離選手、福島千里選手への密着取材番組でした。福島は2008年から急に頭角をあらわし、その年、オリンピック女子100m日本代表に選ばれました。北京オリンピックでは1次予選で敗退したものの、女子五輪代表参加は、吉川綾子以来56年ぶりの快挙でした。それからおよそ10年間、日本の女子短距離界で頂点の座を維持しつづけました。が、このところ福島は記録を落とし、不調に苦しんでいます。その約1年間密着取材と銘打った番組です。担当ディレクターは何と、過去のライバル選手 ( 同い年 ) だった中村宝子です。高校時代は福島よりも速く、短距離界で評価は上でしたが、大学卒業後引退、静岡新聞の記者を経て昨年、2019年NHKのディレクターになりました。福島の友人である関係を使って、撮りにくい映像、問いにくい質問をして聞き出した本音など、特別に密着取材した場面が頻繁に見られました。福島は途中なんどか、「もう取材は中止してほしい」と申し入れます。しかし、また福島の方から、中村に連絡を入れるのです。言い残したことがあるのか、誤解を解きたいのか、寂しいからか・・・。映像から、彼女のひとの良さ、取材への後悔、そして苦しみが痛いほど伝わってきました。テレビは残酷な道具です。取材しているカメラ・レンズの奥に視聴者の好奇心が潜んでいます。番組製作者はそれを無視できません。長く頂点を極めてきた栄光と、現在の不振。視聴者は意地悪く、不振であればあるほど、その対比を楽しむ傾向があります。福島とともに、今回中村ディレクターも放送のあと、それを感じてこころに傷を負ったのではないかと想像します。このテレビがもつ野次馬根性の側面とどうつきあっていくか。永遠のテーマかも知れません。放送開始の街頭テレビの時代から、見てきた私はそう感じています。頂点を下り始めた運動選手への取材は、頂点が高ければ高かったほど、好奇心のマトになります。私は小さい頃、野球少年でした。成人して、沢木耕太郎著の「敗れざる者たち」を読んでショックを受けました。憧れの毎日オリオンズ榎本喜八選手の現役時代と引退後の奇行が、赤裸々に取材されていました。沢木は奇行を野次馬的に書きながら、それでもその本質が究極の打撃を追求するあまりの行動であることを付け加えていました。福島の取材で「死んだのと同じ」と本人が言ったシーンはありません。製作側が勝手にテーマにしたのかも知れません。製作側のピント外れを表した言葉に感じられます。福島は100mと200mのいまだに破られていない日本記録保持者なのに、この1年間、出る必要のない試合に、何度も出場しています。彼女は練習の成果としてのタイムを、繰り返し確認したかったのではないかという気がします。「速く走れた時の感覚」を口にしていました。その忘我、脱魂の境地を必死で探し求めているのが今の姿ではないでしょうか。短距離走はもって生まれた筋肉の結果です。それを発揮できる期間は永遠ではありません。そのピークが過ぎたとは信じられずに、挑戦しつづける姿は、悲しくも感動的です。昨日、再放送が済みました。多くのひとびとに、この番組は見てほしくないので、今日になってブログした次第です。