京都市伏見に港があるのをご存じですか

伏見港、もちろん今は使われていませんが、江戸時代はじめから、太平洋戦争終戦過ぎまで、交通インフラの重要拠点として使われていました。鉄道や自動車がない時代には、物資の運搬、ひとの移動には船が主に使われていました。豊臣秀吉は伏見に城を築き、そ…

コロナの毎日

コロナ、コロナで商売あがったり。社員は全員自宅待機。電話受付とわたしだけが、毎日出勤しています。わたしは出勤してもそれほど仕事があるわけではなく、ヒマを持て余しています。午後5時に退社、入浴と夕食の後、7時のニュース。そしてBS放送のトーク番…

令和2年の春

いままで皆で、折り合いをつけて守ってきたものが、ある所から飛び火して手の付けられない山火事、みるみる燃焼消滅してゆくのを見ている感があります。振り返れば、人間は同じ歴史を繰り返してきたように思います。羞恥心、自尊心、ヤセ我慢。過去の過ちに…

災害の記憶と反省-その3-水害

ここ数年、台風などの大雨で、洪水の被害が続いています。エジプトのナイル河の氾濫は、雨期になると水かさが徐々に増し、水浸しになります。乾期になって水が引くと、そこは豊かな養分土壌の農地で、豊作となります。人的被害はほとんどありませんでした。…

災害の記憶と反省-その2の2-原発事故

東日本大災害・福島第一原子力発電所事故 写真は東京電力ホールディングス より 「原子力発電所(以下原発)は安全」と数十年にわたり説明されてきました。素人のわたしたちも、それを信じてきました。二重、三重、四重の安全対策が施されていると、推進する学…

災害の記憶と反省-その2 東日本大震災

yahoo公開画像から 3.11津波 震源地マグニチュード7.9、宮城県で震度7という大地震でしたが、報道を見る限り、地震よりも津波の被害が大きかったようです。被災地に人口密集地が多くなかったのが、地震被害が大きくなかった原因かも知れません。ということは…

災害の記憶と反省-その1 阪神淡路大震災

写真は神戸大学附属図書館>震災文庫>デジタルギャラリー より 今年も1月17日、大震災を回顧する報道がかずかずありました。4半世紀が経ったという時の流れは、夢のようです。 当日まず朝のテレビ画面に、倒壊した家屋の上から母親を叫び捜している男性の…

今日は京都市市長選挙

投票呼びかけ 早朝7時すぎ、朝食のまえに京都市市長選挙、投票に行ってきました。10人ほど選挙お世話方々が見守るなか、投票所にはわたしひとり。投票ハガキを手渡すと、「お誕生日の月日は」と問われました。年月日ではありません。わたしは誕生年を問われ…

月曜はじまりのカレンダー

文字ちいさく (月)はじまり 昨年暮れいただいたカレンダー、2ヶ月分が1ページに印刷されています。もらって文句を言うじゃないけれど、居間の壁に貼ると文字がちいさくて見づらい。予定を書き込むスペースが小さい。近視のひとも、わたしのように老眼も、め…

Windows 10 騒動

7そのまま XPも使ってます 十数年前、奥飛騨にある穂高温泉のホテルに泊まった翌朝、宿泊費をお勘定するとき、驚きました。フロントのカウンター内で精算請求につかわれていたのは、なんとPC-9801でした。ほぼすべてのパソコンがとっくにWindowsに変わってし…

普賢菩薩様

渡り鳥 白鷺 今日は朝から普賢菩薩様をお参りに行って来ました。辰歳、巳歳生まれのお守りご本尊です。わたし自身のお守りご本尊は、大日如来様ですが、思うところあって、あるひとのご成仏と、安寧を祈って、数年前からお参りしています。今日は、僧侶のみ…

きょうは えべっさん

大和大路通りは車両通行止め 今日は「えべっさん」、10日えびすの日です。小さいころは、おとな達につれられて、人混みの中、夜店といわれる露天商の店で、食べ物やおもちゃを買ってもらうのが楽しみでした。恵比寿神はご存じ七福神のひとつで、ほかの六神が…

1月3日は毎年

伊吹山泉神社の湧き水 明けましておめでとうございます。元旦は、氏神様の八坂神社へお参りします。3日はもう10数年前から、滋賀県近江長岡の東、泉神社にお参りし、伊吹山の湧き水を汲んできます。松の内はこの水を頂きます。たぶん、50年ほど前に降った雨…

刃物神社

刃物神社 八坂神社初詣の準備 今年もあと3日。健康でなんとか越年、氏神様である八坂神社へ感謝のお参りをしてきました。境内はおけら参り、初詣の準備中です。 刃物神社 本殿へお参りするまえに、いつも刃物神社へお参りします。本殿にむかって境内右奥、鬼…

夭逝 その3 - W先輩

広告サークルの論文集 学生時代、W先輩がサークルの冊子に載せられた一文に、私は大きな衝撃を受けました。広告活動の論文集に「商業美術雑感」との題で、「創造」がいかに大切なものかを述べられました。広告の商業デザインについての記述ですが、書かれて…

夭逝 その2 - A君

支店の入っていたテナント・ビル 私が家業の料理屋を引き継いでから15年目、商売が安定してきたので支店を出すことにしました。しかし、小さいながらもスタッフが新しく必要です。そこへ新卒で就職してきたのがA君でした。支店でも本店でもよく働き頼りにな…

夭逝-その1 関根正二

関根正二写真は「関根正二とその時代-図録、信仰の悲しみ-大原美術館HP、神の祈り-福島県立美術館HPより 年末になりますと、喪中ハガキなどきて、逝ったひとを思います。関根正二は20歳で夭逝した画家です。私が30歳代、ようやく家業に目途がついてきて、家…

炭を 「 いこす 」 は方言でしょうか

これは火消し壺。京都では(関西ではかな?)、炭に火の点いた状態にすることを「いこす」と言います。炎をあげて燃える火は「おこす」ですが、炭は「いこす」、また茶室の炉や囲炉裏の火は「いこす」です。「炭いこしときヤ」「炉の火いこったか」「よういこっ…

小説「きのね」を読んで

南座顔見せ興業 南座楽屋口 阿国歌舞伎発祥地の碑 宮尾登美子の小説「きのね」を読みました。久しぶりに面白く、いっきに読んで、少し感動しました。11代市川團十郎とその妻がモデルで「きのね」とは、幕が開くとき、チョーンとかん高く鳴る拍子木の音です…

明治・大正期の三条通( 中京区 )はビジネス街だった

さて、辨慶石を探訪したあとは、三条通りを烏丸通りまで歩いてみましょう。 家邊徳時計店。 三条通りを辨慶石を西に、麩屋町の西にこの時計店があります。明治になって西洋の物品を扱う会社として設立され、なんと明治23年にこのレンガ造りの建物が建てられ…

辨慶の伝承

辨慶石 由来板 京都市中京区三条通御幸町近辺は「辨慶石町」という町名です。御幸町通りを西へ北側のビルの下には「辨慶石」なる石がすえられています。男の子が触れると、力が強くなれるといい伝えられています。この石は衣川の戦い、主君源義経と辨慶が、…

薪ストーブのススメ

居間 ストーブ __ 居間 ストーブ 数年前、大病のあと、エイヤッと自宅を増築しました。居間の一画に薪ストーブをエイヤッと設置しました。12月に入ると焚き始めます。点火から燃え上がるまで、ご近所に煙で迷惑をかけないかと心配でしたが、点火剤とペレット( …

病院の外は

セキレイ 大病院 師走もにちにち、深まりつつあります。鴨川に面した大病院です。木々は紅葉し、まもなく落葉、訪れる新年を待つことになります。散歩していて、こちらから見る景色は、気楽なただの冬の一ページですが、入院していて外の木々の変化に年末を…

季節は冬へ

渋柿は皮をむいて干し、甘柿は熟して ひと月ほど前に収穫した、渋柿と甘柿。今年は豊作でした。ご近所、身内におすそわけ後、まだテーブルの上にいくつか残っています。32年前に当地へ引っ越してきたとき、敷地の鬼門に柿木を植えました。「柿」は「垣」にか…

祇園白川のカモ

白川はもともと、京都市左京区北白川の山中から、南禅寺西を西行して神宮道西から南行、三条通りを横切り知恩院参道をくぐって西行、祇園辰巳神社を経由、鴨川に流れ込む川だったようです。明治23年に琵琶湖疎水が開削されると、京都市動物園から疎水に合流…

トシを重ねるごとに

年末の仕事・年賀状 師走、今年も年末がやってきました。北国から雪のニュースも聞こえてきます。日ごと喪中ハガキが届きます。若い頃は「祖父が、祖母があるいは祖祖父、祖祖母が」でした。そのうち「父・母が(義父・義母)が」にかわり、自分が高齢者になっ…

京都の市場商店街

三条名店街(河原町通り) 錦天満宮(新京極) 錦商店街大混雑 錦(小路)商店街高倉通り 三条会 三条会堀川通り 商店街 古川町三条通り 京都にはいくつも市場機能の商店街があります。地域によって盛衰の差が開いています。三条会(三条堀川-千本通)は長い商店街の…

京都の秋

秋の表情が魅力のニューヨークですが、京都もお忘れなく。社寺仏閣やもみじの観光地が有名ですが、芋の子を洗う状態で騒がしいばかり。むしろ町なかの生活空間に、秋の憂愁があります。コートの襟を立て、少し憂鬱なシブい表情で町なかを歩けば、あなたは映…

鴨川のカモ

鴨川のカモ。カワウや白鷺と一緒に、カモが群れています渡り鳥なんでしょうが、年中いて、危害を加えるものもいないので、のんびり生息しています。何喰って生きてるんでしょうか ? 平和の有り難さを感じます。

石蕗 ツワブキ

石蕗 ツワブキ 石蕗の花が咲き、柚子が実をつけると、いよいよ冬の到来です。今年も一年いろんなことがありました。しかし、身体が健康これが何よりです。「無事是吉祥」おカネがなくても、少々ミジメでも生きていれば何とかなります。おてんとぅ様に照らさ…